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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)11020号 判決

原告 志気勲

〈ほか五名〉

原告ら六名訴訟代理人弁護士 仲田晋

同 清水恵一郎

同 清水洋二

同 久保田昭夫

被告 株式会社日本段ボール研究所

右代表者代表取締役 菅谷藤太郎

被告訴訟代理人弁護士 浜田正義

同 長谷川修

主文

被告は、原告志気に対し金二六九万一九二八円、同永井に対し金一三七万三〇五〇円、同加藤に対し金九六万四三五〇円、同清野に対し金一六八万六四四一円、同並木に対し金二二万一一六六円、同石川に対し金一二万〇四三三円及び右各金員に対し昭和五〇年六月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告ら

主文同旨。

二  被告

原告らの請求をいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者双方の主張

一  請求の原因

1  (賃金)

原告志気は昭和四三年一月二〇日から昭和四九年一一月一二日まで、同清野は昭和四五年四月一五日から昭和四九年一一月一二日まで、同永井は昭和四七年一月八日から昭和五〇年一月三〇日まで、同加藤は昭和四九年四月一〇日から同年九月二〇日まで、同並木は昭和四八年三月から昭和四九年一一月まで、それぞれ被告(以下被告を被告又は被告会社という)との間に締結した雇用契約に基づき、被告会社において勤務したが、被告は原告らに対して別表一記載の賃金を支払わない。

2  (退職金)

(一) 被告会社には明文の退職金規定は存在しなかったが、一年以上被告会社に勤務していた従業員が退職する場合には、退職金として退職時の賃金に勤続年数(但し、月数に端数があるときは繰り上げる)から一を引いた数を乗じた額が支払われる慣行が確立しており、右慣行は被告会社と原告らとの間の雇用契約の内容となっていた。

(二) 原告志気および同清野は昭和四九年一一月一二日に、同並木は同年一一月に、同永井は昭和五〇年一月三〇日にそれぞれ被告会社を退職し、退職時の賃金、勤続年数及び係数は別表二の退職金額欄、勤続年数欄、係数欄記載のとおりであり、右原告らは被告に対しそれぞれ同表の退職金欄記載のとおりの退職金請求権を有する。

3  (立替金)

原告志気、同清野、同並木、同石川は、被告会社に在職中、被告会社から出張を命じられた際、それぞれその旅費等の諸費用を被告会社のため立替えて支払った。その立替金額は別表三記載のとおりである。

4  (貸金)

原告志気、同清野、同加藤、同永井は被告会社に在職中、被告会社に対し別表四記載の金員を期限の定めなく貸付けた。

右原告らは被告会社に対し当庁昭和五〇年(ヨ)第二二六九号賃金等仮処分事件の申請書の送達をもって催告をなし、右申請書は被告会社におそくとも昭和五〇年五月一四日までに送達された。

5  よって、原告らは被告に対し1の別表一記載の未払賃金、2の別表二記載の退職金、3の別表三記載の立替金、4の別表四記載の貸金並びに賃金、退職金及び立替金については弁済期後であり貸金については催告後相当期間を経過した昭和五〇年六月一日から年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実中、原告永井が昭和四七年一月八日から昭和四九年一〇月まで、その余の原告らがそれぞれ主張の期間被告会社に雇用され、同社において勤務していたこと、原告加藤、同並木に対してそれぞれ別表一記載の未払賃金があることは認めるがその余の事実は否認する。

なお、原告志気、同清野、同永井は被告会社の取締役であったので役員報酬として毎月金五万円を支給していた。

また原告永井は被告会社を昭和四九年一一月に退職し、同月から訴外日本水工株式会社に雇用され、同年一一月、一二月は被告会社の残務整理をしていたにすぎない。

2  同2の(一)の事実中、被告会社に明文の退職金規定が存在しなかったこと、同(二)の事実中、原告志気、同清野、同並木がそれぞれ主張の日時に被告会社を退職し別表二の勤続年数欄記載の期間、同永井が昭和四七年一月八日から昭和四九年一〇月まで勤務していたことは認めるがその余の事実は否認する。

3  同3および4の事実は認める。

三  抗弁

(消滅時効)

被告会社における賃金の支払は毎月二〇日締切、当月二五日支払いであったから、原告らが当庁昭和五〇年(ヨ)第二二六九号賃金等仮処分事件の仮差押手続をとった昭和五〇年二月二一日には、原告志気、同清野の別表一記載の賃金のうち、昭和四七年二月から同年六月までの分及び原告永井の同表記載の賃金のうち昭和四七年三月から六月までの分はすでに二年を経過していた。被告は本訴において右時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は認める。

五  再抗弁

1  (時効の中断)

被告会社は、所轄税務署に提出した昭和四九年二月二八日付第七期決算報告書において、原告志気、同清野、同永井に対する別表一記載の賃金のうち昭和四九年二月分までの未払賃金が存在することを明らかにし、もって右原告らに対して債務の承認をした。

2  (時効利益の放棄)

仮に右主張が容れられないとしても、被告会社は、時効完成後、原告志気、同清野、同永井が出席した昭和四九年一一月一二日の債権者集会の席上、右原告らに対する未払賃金として別表一記載の賃金のうち昭和四九年一〇月までの分が存在する旨説明して債務の承認をした。よって被告会社は時効の利益を放棄した。

六  再抗弁事実に対する認否

1  再抗弁1の事実は認めるが、その主張は争う。すなわち、債務の承認は、債務者において相手方に対する債務の存在を認識したうえで、これを相手方たる債権者に表示することを要するものであって、決算報告書に記載されているということのみでは債権者に対して債務の承認の表示がなされていない。

2  同2の事実は否認する。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  請求の原因1(未払賃金)の事実中、原告志気、同清野、同加藤、同並木がそれぞれ主張の期間、被告会社に雇用され勤務していたことおよび同永井が昭和四七年一月八日に被告会社に雇用され昭和四九年一〇月まで勤務していたことについては当事者間に争いがない。≪証拠省略≫によれば、被告会社は、昭和四九年一〇月三〇日、負債が約一億二〇〇〇万円に達して倒産し、原告志気、同清野は同年一一月に被告会社を退職したこと、原告永井は、当時被告会社の経理担当であったため、被告会社より引き続き残務整理を命ぜられ、昭和五〇年一月三〇日まで被告会社が債権者集会において配布する資産負債等に関する資料の作成、会計簿等の整理事務に従事していたこと、他方、原告永井は昭和四九年一一月に訴外日本水工株式会社(以下訴外日本水工という)に雇用されているが、訴外日本水工は被告会社が導入したパテントを使用するため被告会社の代表取締役菅谷藤太郎らが発起人となって昭和四九年六月に設立され、その事務所は同年一一月まで被告会社の事務所内にあり、原告永井は訴外日本水工に雇用される際、同社から当分の間被告会社の残務整理に従事してもよい旨了解を得て専ら前述の被告会社の残務整理の事務に従事し、同年一二月に訴外日本水工の事務所が他所に移転した後も原告永井は月に二、三回訴外日本水工の事務所に出勤し、同社の会計帳簿等を自宅に持ち帰り整理する程度でその余は前述の被告会社の残務整理の事務に従事していたことが認められる。

右事実によると、原告永井は、訴外日本水工に昭和四九年一一月に雇用されているが、被告会社からも引き続き残務整理の事務を命じられていたため昭和五〇年一月三〇日まで専ら被告会社の残務整理の事務に従事し、訴外日本水工の事務は右被告会社の残務整理の合間に行っていたのであるから、原告永井は昭和五〇年一月三〇日まで被告会社との雇用契約に基づき勤務していたことが認められる。

そこで未払賃金について検討する。被告会社が原告加藤、同並木に対し別表一記載のとおりの未払賃金があることは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、原告志気および同清野は技術担当社員として、同永井は会計担当社員として被告会社に雇用されたが、昭和四八年二月ころ、後藤某および林龍雄の両取締役が辞任したため、被告会社の代表取締役菅谷藤太郎の依頼により右原告らは取締役に就任したこと、他方、右原告らが取締役就任後もその職務内容は従来と変りなく、又、勤務時間も従来と同様午前九時から午後五時までであり、被告会社の定款ないし株主総会において右原告らの役員報酬について定めたことがなく、又、取締役会が開かれたことがなかったことが認められ、右原告らが取締役に就任した際の事情および取締役就任後の事情からみると、右原告ら三名は被告会社の取締役の法定人数を充すため形式的に取締役に就任したもののその実質は被告会社代表取締役菅谷藤太郎の指揮命令に服していたものであるから、被告会社から右原告らに対して毎月支給される金員はすべて雇用契約に基づく賃金とみるべきところ、≪証拠省略≫によれば、被告会社の原告志気、同清野、同永井に対する未払賃金が別表一記載のとおりであることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  請求原因2(退職金)について判断する。

≪証拠省略≫によると、(イ)被告会社の就業規則等には退職金の支払規定の定めがなかったところ、経理事務を担当していた原告永井は、昭和四七年ころ、他社の退職金支給基準を三、四例選び、これを被告会社の代表取締役菅谷藤太郎に示して退職金支給基準を明確にするよう進言し、これに基づき、被告会社は退職金支給基準を(1)勤続年数が一年未満の者に対しては支給しない、(2)勤続年数が二年未満の者に対しては退職時の一ヶ月分の給与相当額を支給する、(3)勤続年数が二年以上の者に対しては勤続年数から一を引いた数に退職時の一ヶ月分の給与相当額を乗じた額を支給する、(4)端数月は切り上げて勤続年数を算定する旨定めたことおよび被告会社の従業員は右基準で退職金が支給されることを知っていたこと、(ロ)被告会社は、昭和四七年九月ころ退職した山田ちえ子に対し、同人の勤続年数が一年余で退職時の給与月額が五万円であったので、退職金として金五万円を支払ったこと、昭和四八年一月ころ退職した林龍雄に対し、同人の勤続年数が六年で退職時の給与月額が一六万円であったので、退職金として支払うべき金八〇万円を同人の承諾を得て、同人の兄が被告会社に対し負っていた金三五〇万円の債務と相殺したこと、同年六月ころ退職した石川英彦に対し、同人の勤続年数が約二年で退職時の給与月額が六万五〇〇〇円であったので、退職金が金六万五〇〇〇円となるところ、同人が渡来するために退職したので銭別金も含めて金一〇万円を支払ったこと、昭和四八年九月ころ退職した黄沢民に対し、同人の勤続年数が二年で退職時の給与月額が九万円であったので、退職金として金九万円を支払ったこと、約一年六月勤め昭和四七年一二月ころ退職した馬場光子、約一年三月勤め昭和四九年八月ころ退職した有留由起子に対しいずれも退職金を支払っていないがその理由は当時被告会社の資金が不足していたことによるもので右両名に対し退職金を支払う旨約束していたこと、佐々木鉱蔵および昭和四九年五月ころ退職した清水某に対し退職金を支払っていないが、佐々木鉱蔵が在職中自殺したので被告会社はこれを事故退職の取扱にしたためで、清水某は同人の勤続年数が一年未満であり被告会社の退職金支給基準に該当しないためであることが認められ、被告会社が従業員の退職時に支払った金員は銭別金ないしお祝金であるという被告代表者菅谷藤太郎の本人尋問の結果は信用できず他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によると、被告会社には明文の退職金規定は存在していなかったが、右認定した基準に基づく退職金算出方法で算定した退職金が支払われており、右基準による退職金の支給は被告会社において確立した慣行になっていたことが認められるから右慣行は被告会社と原告らとの雇用契約の内容となっていたと認めるのが相当である。

そこで、原告志気、同清野、同永井、同並木の各退職金について検討する。

原告志気、同清野、同並木がそれぞれその主張の日時に被告会社を退職したことおよび別表二の勤続年数欄記載の勤続年数については当事者間に争いがなく、原告永井が被告会社に昭和四七年一月八日に雇用され(この点について当事者間に争いがない)、昭和五〇年一月三〇日に退職したことは前項で認定したとおりであるから同原告の勤続年数が三年一月であることは明らかであり、≪証拠省略≫によれば、原告志気、同清野、同永井、同並木の退職時の賃金額がそれぞれ別表二の退職時の賃金欄記載のとおりであることが認められる。

右の原告らの退職時の賃金および勤続年数を基に前記被告会社の退職金支給基準に基づいてそれぞれの退職金額を計算すると別表二の退職金欄記載のとおり原告志気については金一一七万円、同清野については金七二万円、同永井については金五一万円、同並木については金八万五〇〇〇円となることが明らかである。

三  請求原因3(立替金)および4(貸金)の各事実については当事者間に争いがない。

四  抗弁(消滅時効)事実については当事者間に争いがなく、被告が原告志気、同清野の別表一記載の賃金のうち昭和四七年二月から同年六月までの分及び原告永井の同表記載の賃金のうち昭和四七年三月から同年六月までの分について労働基準法一一五条の二年の消滅時効を援用したことは本訴訟上明らかである。

五  再抗弁1(時効の中断)の事実については当事者間に争いないが、時効の中断事由たる債務の承認は債権者に対し表示されることを要するものであるから、この点についてなんらの主張立証のない右再抗弁は理由がなく採用できない。

同2(時効利益の放棄)について判断する。

≪証拠省略≫によると、被告会社代表取締役菅谷藤太郎は、原告志気、同清野、同永井らも出席していた昭和四九年一一月一二日の債権者集会において、被告会社の資産および負債の明細、支払手形、在庫表等の資料を債権者らに配布し、右資料に基づいて被告会社の債権、債務を説明したうえ右原告らを含む債権者らに対し債務を弁済しなければならない旨報告したこと、被告会社が席上債権者である右原告らに配布した資料の負債明細書の給料手当欄に、原告志気の分とし別表一記載の未払賃金のうち昭和四九年一〇月分までの合計額である金四四万五八八〇円、原告清野の分として同表記載の未払賃金のうち昭和四九年一〇月分までの合計額である金三四万四七二二円、原告永井の分として同表記載の未払賃金のうち昭和四九年一〇月分までの合計額である金二六万八五七〇円とそれぞれ記載されていることが認められ他に右認定を左右するに足りる証拠がない。

右事実によると、被告会社は原告志気、同清野、同永井に対し時効完成後の昭和四九年一一月一二日、債権者集会の席上、債務の存在を認めこれを表示したことが認められる。そうだとすると被告が本訴において時効を援用することは許されないというべきである(最高裁昭和四一年四月二〇日大法廷判決、民集二〇巻四号七〇二頁参照)。

よって原告らの右再抗弁は理由がある。

六  よって、原告らの本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 仲宗根一郎)

〈以下省略〉

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